ども、絶賛無職ライフを満喫……と言いたいところですが、結局空いた時間PCいじって色々金策してるのであまりブラブラという感じではありません、ご飯食べれなきゃ死んじゃいますしね。

 収入の方はリアルな数字はちょっと出せないんですが、ひびたま・ざつたま・NewsACTの3つだけで安めの東京23区に1K借りれる位の月収はあります。

 もちろん他にねたたまもあれば、本業と平行して運営してた攻略サイトなどもあるので、食べるのには困らないんです。

 本当にブログやってて良かったと思います。

 前も言いましたが私は母親の為だろうと自分の人生を棒に振るつもりはありません。

 仮に仕事を辞めて食べる術がなかったら私は仕事を辞めなかったと思います。

 ちょうど叔父が死んで、父親がテンパってる時に、母親も投薬開始。運のいい事に私は外に仕事に出なくてもご飯を食べる術を持っていたという事です、非常に幸運でした、ラッキー池田です。

 と、そんな話を先日取材を受けながら話していたのですが、その中でブログ更新を“努力”だと言われました。

 はっきり言って努力してブログ更新してた事なんて一度もないんですよね。
 18の時に友達がwebサイトを始めたのを見て、面白そうだなと思って自分も始めたのがキッカケでした。

 それから特に“努力”なんて意識する事もなく適当に続け、3年ほど前からはある程度まとまったアクセス数も出るようになったので、少しお小遣いでも稼ごうかなとアフィリエイトを貼り始めました。

 ネットに関わるのが本当に楽しくて、“努力”なんてした覚えはまったくなかったんです。

 でもこれを“努力”だと言われました。

 “努力”と聞くとついつい『辛い・苦しい・嫌々・面倒』なんて事考えちゃうじゃないですか。

 自分は本当に楽しくって、嬉しくて、面白くて、ネットが大好きだったんです、だから“努力”なんて発想が咄嗟に出てこなかったんですよね。

 でも歩いてきた道を振り返ってみると、たしかによくもまあ13年間も休まず何かしらやり続けてるよな、と我ながら感心しました。

 その結果が、たくさんの人に見てもらえたり、何かあった時に少し金策すれば食べるには困らないくらいの収入は得られる、そんな現在を形作ったと考えれば「あれ?俺すげー努力してきたんじゃね?」とハッとしました。

 何か行動を起こす前から「努力は運には絶対に勝てない!」などと断言して諦める人もいますが、そうじゃなくて、後になって振り返って「あぁ、俺は努力してたんじゃん」とか「俺はあの時超ラッキーだった!」と考える事も出来るのではないでしょうか。

 現在の環境で、時間的にもネタ的にもねたたまとほぼ同じようなブログをもう一個パッと作ることは可能です。

 ただそれが今のねたたまと同じくらい皆さんに認知されるかというと絶対に不可能でしょう。

 ねたたまをやっていて辛い・苦しいと思った事は(ミシュランくそやろうを除けば)殆どありませんが、ねたたまもざつたまもひびたまもこれだけたくさんの人に見てもらえるようになったのは、私の長年の努力の結果だと思います、なんかエラそうですが。

 こういった“楽しくやる努力”もあるのではないかと、目からウロコが落ちました。

 そしてそれが自分の周囲で何か問題が起きた時に形となって助けてくれる、こんなツイてる事はありませんよ、本当にラッキーでした!

 そう考えると案外努力してる人ほど努力してるという意識は持ってないのかもしれません。

 「継続は力なり」ってよく言いますけど、嫌いな事が続くわけないですもんね。

 絵描きさんなどでも多そうですが、努力だのなんだの考える暇もないほどのめり込んでて、好きで続けてたらいつのまにか大きなパワーになっていたというケースもあるのではないでしょうか。

 そしてそういった努力に気付いてない人もまた多いのではないかと感じました。