大人気のうちに最終回を迎えた『ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース』

中でも話題になったのが子安武人の怪演とそのキャラクター『DIO』である。
(余談だがたしかに子安DIOもよかった。しかし自分の中ではやはり千葉一伸のイメージが強い)

このDIOはご存知のとおり第3部のラスボスであり、シリーズを通してのキーパーソン(ディオ・ブランドー)として知られている。

その人気は主人公サイドに負けるとも劣らず、全シリーズを通して1,2位を争うほどだ。

しかしこのDIOは前述の通りラスボスなのだ、悪者なのである。

「渋滞ですゥ~ 夕暮れの通勤時間帯はギシギシなんですゥ~」

と道路が渋滞していて焦るウィルソン・フィリップス上院議員に

「歩道が広いではないか・・・ 行け」

と歩道を進ませ推定数十人の人間をミンチにさせるとてつもないド外道なのである。

そんなDIOがなぜここまで人気なのだろうか?


同じく人気のある悪役としてドラゴンボールのフリーザを考えてみた。

老若男女、フリーザと聞けば姿が思い浮かぶくらいに有名なあのフリーザである。

ご存知新作映画では金ピカになって復活も果たしたぐらいである。

これがセルや魔人ブウでは誰も見向きもしなかっただろう、ドラゴンボールを代表する巨悪フリーザだったからこその復活なのである

一部では『フリーザ様』と崇拝され、果てには“フリーザ様こそ理想の上司”説などというわけの分からない論評も出ているぐらいである。

しかしよく考えて欲しい。

株式会社フリーザに減給や懲戒免職はないだろう。







仕事をミスったり上司の機嫌を損ねたらデスビームで即・人生リストラに違いない。

これを理想の上司などと抜かす奴の気が知れたものではない。

これまたDIOに負けず劣らずホームラン級に悪い奴なのである。

しかしなぜそんなフリーザもまたDIOと同じようにみなから愛されるのだろうか?





実は答えはここまで散々書いてきたように思う。

そう






悪い奴

だから愛されているのではないだろうか。




この2人に共通する点は悪い奴なのである。

何の混じりっ気もない底抜けに、かつ純然たるなのだ

昔誰かが言っていた「不純な動機でもそれが100%になればそれは純粋である」と。

妙な人生背景なんか悪者には必要ない!ピュアとすら言える『悪意』そこに視聴者は惹かれて、カリスマ性を感じているのではないだろうか。



人気RPG『ドラゴンクエスト』で考えてみよう。

比較的外道な事をした6,7,8のラスボスがいる。

ハッキリした数字は分からないが、世界を封印したり、世界各地の賢者の末裔を殺して回ったり、大津波を起こしたり、それに伴って殺した人間の数も1000や2000ではないだろう。

それにも関わらず6のラスボスはダークドレアムに瞬殺されるクソザコナメクジとか言われたり、7のラスボスは変態グチョグチョオカマヤローなどと言われたり、8のラスボスに至っては淫乱テディベアなどという不名誉な称号も付けられているが、どことなく愛されている印象を受ける。

そしてご存知3のラスボス『ゾーマ』はシリーズを代表するカリスマとして知られており、人気も高い。もちろんこれも悪い奴である。



では少し毛色の違う4と9を考えてみよう。

4のラスボスは最初に勇者の周りの人間を皆殺しにするが、これは本人が男と女のアレやコレで人間に絶望した為(それも犯人は獅子身中の虫)であり、人情的には同情できる部分もあるといわざるを得ない。事実リメイクでは仲間に出来たりもする。

9のラスボスも人間に絶望した元・人間を見守る天使とかそんな感じである。影が薄いのでほとんど記憶にないが

みなさんはこの2人(匹?)を愛しているだろうか?

おそらくゾーマほどの魅力は感じてないのではないだろうか?

そう、この2人は悪者ではないのだ。純粋な悪者ではないただの混沌なのである。(TDNは混沌だった……?)

これでは憧れるにしろ憎むにしろ感情移入はしづらいし、カリスマもクソもないだろう。肝心の本人が迷っているのだから




そういう時代なのだろうか、最近の物語のラスボスは「実は……」みたいな奴らが多い気がする。

そういうのもダメとは言わないが、視聴者を引き付けてやまないDIOやフリーザのような底抜けに悪い奴!そんな悪者がもっといたっていいじゃないか!

せっかくの創作なのだから、そんなド外道をバーンと出してギャーッ!と悪い事させてドーン!とイイ奴がぶん殴るような物語をもっと見せてくれ!